最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)878号 判決 1979年7月10日
上告人
坂井綾子
右訴訟代理人
黒田充洽
被上告人
今井三郎
右訴訟代理人
宇山謙一
主文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所岡山支部に差し戻す。
理由
上告代理人黒田充洽の上告理由一について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同二について
原審は、(1) 第一審判決目録一、二記載の不動産は、もと訴外今井千代の所有であつたところ、昭和一七年二月八日同人の死亡に伴い旧民法(昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法)下の遺産相続によつて同人の養子訴外坂井照一の子である上告人(代襲相続人)及び養子訴外今井斉が各五分の二、非嫡出子訴外木下ミサオが五分の一の割合で右各不動産を共同相続したこと、(2) 昭和四三年五月一八日、右目録一の不動産について昭和一七年二月八日遺産相続を原因として訴外今井斉、同木下ミサオのため所有権移転登記がされ、また、右目録二の不動産について右両名のため所有権保存登記がされたこと、(3) 昭和四三年五月二四日右各不動産について右両名から訴外今井斉の長男である被上告人に対し昭和四二年一一月二九日贈与を原因とする各持分全部の移転登記がされたこと、を確定したうえ、共同相続人が相続財産について自己の相続持分以上に相続権を主張する場合は自己の相続持分をこえた部分については表見相続人であるから、共同相続人の一人によつて相続持分権を侵害された他の共同相続人が右侵害者たる相続人及びその特定承継人に対してする侵害排除の請求は、その名目のいかんを問わず、相続回復請求権の行使にあたり、旧民法九九三条、九六六条の適用があり、右表見相続人及びその特定承継人はいずれも相続回復請求権の消滅時効を援用することができるものであると解し、上告人の被上告人に対する右各不動産についての本件持分権移転登記手続請求権は被上告人の援用にかかる訴外今井千代の遺産相続開始後二〇年の経過による時効によつて消滅したと判断し、上告人の請求を棄却した。
ところで、旧民法下の遺産相続における共同相続人のうちの一人が相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると称してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合については、相続回復請求権の規定の適用をとくに否定すべき理由はないが、右共同相続人の一人において、自己の本来の持分をこえる部分が他が共同相続人の持分に属することを知りながら、又はその部分についてもその者に相続による持分があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、その部分もまた自己の持分に属するものであると称してこれを占有管理している場合には、右規定の適用がなく、侵害者たる共同相続人は同規定による時効を援用して自己に対する右侵害の排除の請求を拒むことができないものと解すべきである(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号一六七四頁参照)。そうすると、共同相続人相互間における相続権侵害については常に相続回復請求権の規定の適用があるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤つた違法に陥つたものであり、原審の確定した事実だけでは、訴外今井斉、同木下ミサオの経由した登記が上告人に対する右規定を適用すべき相続権侵害となるかどうかを決することができないから、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の点につき判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。そして本件は、次のとおり右規定を適用すべき相続権侵害の有無の点等について更に審理を尽くす必要がある。
すなわち、記録によれば、被上告人は、昭和二一年一一月二七日、上告人は訴外今井斉を家督相続人に指定して隠居したのであるから、上告人の遺産相続による権利は右隠居により右訴外人に帰属した旨、主張したところ、上告人は、同年三月二七日か同年一二月一五日、上告人は訴外今井文子を出産しており、右隠居時に訴外文子が少なくとも胎児としていたのであるから、右家督相続の指定は当然無効であるというのであるが、被上告人は、更に、文子は生後まもなく死亡したと主張していることが、明らかである。かりに被上告人主張のとおり家督相続指定がされ、かつ、訴外文子の存在により右指定が無効であるとしても、訴外文子が生後まもなく死亡したものであるとすれば、特別の事情でもない限り、訴外今井斉においてその無効であることを知り得ず、かつ、右訴外人がその無効を知り得なかつたことが客観的にも無理からぬものとされるであろうから、右訴外人は自己が上告人の遺産相続による持分権を取得したものと信じていたものであり、かつ、右訴外人に持分権が帰属したものと信ぜられるべき合理的事由が備わつている、といえることが考えられる。その場合には相続回復請求権の規定が適用され、特別の事情があつて右の場合にあたらなければ右規定が適用されないから、本件が右いずれであるかについて更に審理を尽くす必要がある。そして、かりに相続回復請求権の規定が適用される場合には、訴外今井斉から被上告人への持分権贈与の事実の有無、及び、右贈与の事実が認められれば被上告人が受贈者すなわち右訴外人の特定承継人として相続回復請求権の消滅時効を援用しうるかどうか、の点についても更に審理を尽くす必要がある。
したがつて、本件は、これを原審に差戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官横井大三の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官横井大三の意見は、次のとおりである。
私は、本判決の結論において多数意見と同じであるが、上告理由二に関する多数意見の見解に同調することはできない。
私は、最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決(民集三二巻九号一六七四頁)の大塚裁判官ほか五裁判官の意見と同様の理由により、共同相続人相互間における相続持分侵害の排除を求める請求については常に民法八八四条の適用がなく、旧民法のもとにおける遺産相続人相互間の相続持分権侵害の排除を求める請求についても右と同様に旧民法九九三条、九六六条は適用されない、と解するものである。そうすると、被上告人の相続回復請求権の消滅時効の抗弁は失当であり、訴外今井斉ないし被上告人は、上告人からの相続持分権侵害排除の請求に対し右時効を援用してこれを拒むことはできないことになる。ただし、本件において、かりに上告人が本件遺産相続開始後に右訴外人を上告人の家督相続人に指定したとすれば、これによつて上告人は自ら自己の遺産相続持分権を右訴外人に移転する外観を作り出したものであり、右指定に無効事由があるとしても、相当年月を経てからその無効を理由として右持分権の回復を求めることは、信義則に触れることなどもありうると考えられる。本件は、その点について更に審理を尽くす必要があるから、結局において本件を原審に差し戻すべきであると考えるものである。
(環昌一 江里口清雄 高辻正己 横井大三)
上告代理人黒田充洽の上告理由
一、<省略>
二、原判決には、第三次請求に関し、旧民法第九六六条の解釈につき大審院判例と相反する判断をした、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。すなわち、
1 原判決は、真正相続人が表見相続人及びその特定承継人に対して相続財産の回復を求める請求は当事者の名目の如何を問わず、いずれも相続回復請求権の行使にほかならないと解すべきであるとする。
しかしながら、僣称相続人(表見相続人)より相続財産につき権利を取得したる第三者に対して、正当相続人(真正相続人)がその財産の回復を計るに当つては、相続回復の請求権を主張すべきものに非ずして、自己が相続財産を取得した事実に基き、僣称相続人のなした処分の無効を主張するをもつて足りると解すべきであるとすること判例である。(大判大五、二、八、民録二二―二六七。大判昭四、四、二、民集八―二三七)
しかして、本件において、控訴人の主張は、本件不動産について有する五分の二の持分所有権に基づいて、表見相続人である今井斉から譲渡を受けた特定承継人である被控訴人(被上告人以下同じ)に対し、その譲渡の無効を主張しているものであつて相続回復請求権を主張しているものではない。ただ自己の所有権につき、隠居の当然無効を主張しているに過ぎない。原判決は、まずこの点について、前記判例の見解と相反する判断をしたものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかといわなければならない。
2 次に、原判決は、控訴人の主張を相続回復請求権と解した結果、二〇年の消滅時効にかかるとし、この時効の援用は、表見相続人のみならず、その特定承継人も当然にこれを援用できると解すべきであるとする。
しかしながら、仮に、原判決のいうように控訴人の本件主張が相続回復請求権であるとしても、時効の援用権者は表見相続人に限られ、表見相続人からの第三取得者は援用を許されないと解すること判例であり(大判昭四、四、二民集八―二三八)、原判決は、右判例の見解と相反する判断をしたもので、第三取得者たる被控訴人にその援用を認めたものでこの違背は、判決に影響を及ぼすことこれ又明らかである。
以上述べたように、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違背並びに法令違背があり、破棄されるべきものと思料する。